自分の結婚式を思い出してしまった。バージンロードを父と並んで歩いているとき、慣れないドレスを踏んでないか
(実際私はバージンロードで転びそうになって周囲をあわてさせた)を気にしつつ、同時に隣の父を改めて意識しているのだ。
私は母とはいろいろ話すのだが、思春期以来父とはあまり話をしていない。だから結婚前夜もお互い気まずくて
形式だけの挨拶をして式を迎えてしまった。結婚式ではよく涙ながらに両親への感謝を伝える場面があって、
それを見るたびに私は後ろめたいような気持ちになっていたのだが、この歌の主体はまるで私だと思った。
もしかしたら実はみんなも同じなのかもしれない。式では最後まで父も私も泣くことはなかった。
そういうところが似たもの同士な気がしている。ちなみに最近父とはラインで会話する。
やっと素直に「ありがとう」が言える関係になったような気がする。
ことりさんは恋愛の歌が多いイメージだが、それはビターな大人の恋愛である。
都会的な恋人との逢瀬や別れの中にあっても主体はいつも覚めた眼で相手や自分を観察しているのだ。
今回は父の歌を引かせてもらったものの、私はことりさんのビターな歌がとても好きで、
恋愛のなせる業というか、深みに嵌っていく様が恋愛小説を読んでいるような気持ちになるのである。
誠実で曲がったことが許せないあなたが私をねじ曲げていく
うたの日のお題「控」より
「看護婦さん」という言葉から主体と亡くなった方との関係は看護師と患者であることが想像される。
台詞の「あれに似とるねえ」は「女優さんかな?それとも?」なんて結構気になる内容だが、
たわいないと言えばたわいない部類の謎だ。しかしある朝その患者が亡くなったことで謎を解く機会は永遠に失われてしまう。
肉親でも友達でもない二人を結んでいたのがこの会話の謎で、残された主体にとっては忘れられない会話となってしまったのだ。
人の死を詠むとき、それは上っ面を撫でただけだったり、逆に感情的になりすぎたりしまいがちだ。
しかしカナさんの歌はそんな気負いがない。どの歌だったのか失念したが、ツイッターでカナさんの歌を初めて読んだとき、
「あぁかっこいい歌を詠む人が現れたなぁ」と思った。職業詠のせいだろうか、女性らしいのに、ハードボイルドなのだ。
このギャップは正直かっこいい。
クールでやさしい眼差しのカナさんの歌の世界の住人になりたいと思っているのは私だけではないだろうな。
教えるかよ、羽の付け根は痛いのも離陸のときの恍惚感も
にも触れたかった。
うたの日のお題「あれ」より