うたの日で倖さんの短歌を遡っていたのだがあまりの秀歌の多さに驚いた。今回はその秘密も少し探りつつ鑑賞できたらと思う。
まず、倖さんの歌はすっと入ってきて読みやすい。おそらく読者との距離感が絶妙なのだ。
読み手の気持ちがよく分かっていて、自分の歌を客観的に見ることができているのではと思う。
ただ歌意がすんなり分かるからといって報告に終わっておらず、そこには湖のような静かな詩情がある。
次にリズムがいいこと。倖さんはあまり定型を崩さず、崩すとしても入念に崩されている。
だからリズムはいつも抵抗なく心に入ってきてくれる。
それから独特の表現力。倖さんはいつも言葉の斡旋が素敵で思わず溜息がでそうになる。一つ気付いたのは、敢えてひらがなにしてい
る言葉がたくさんあったこと。そこが倖さんの歌の特徴で、鍵になっていると感じた。
さて、上の短歌は言いよどむ感じがいつもの倖さんの歌とは少し違って気になった。
この歌で言うところの武器になる陳腐さとはどんなものなのだろう。陳腐は辞書には「ありふれたもの」「つまらないもの」とある。
この歌からはチープな口説き文句やその場限りの態度を悪びれもせず使いこなす軟派な男が浮かぶ。
だがしかし、そのチープ言葉質は全てをひっくり返すキスに到達するまでの前戯であり、
それも差し入れての魅力なのだから質が悪い男だ。
完全なるキスの前には複雑な愛の言葉など不要で、いっそ陳腐な方が似つかわしいのかもしれないと思った。
倖さんというと機知に富んだユーモアのある短歌のイメージだが、今回はそれ以外の歌も味わい深いなぁと思って選んでみた。
この月をあなたはどこで見るだろう風のたよりに消印がない
言いなおすことはやめよう黙り込む父といっしょに川をみている
あなたから訊きたいことはみっつありTSUTAYAへ向かう片道九分
うたの日お題「腐」より
2018年12月15日
18.陣痛に耐えうる体で生まれ来てぶつけた小指死ぬほど痛い 幸香幸香さんの短歌は潔く、真っ直ぐで、勢いがある。きっとご本人も裏表のない方なんだろうなぁと思う。
この歌の主体は箪笥の角か何かで足の指を強かに打ったのだと思われる(何となく足の指の気がする・・・痛いですからね)
その痛さに耐えつつこの歌の内容を思ったのだろう。同情しつつどこかユーモラスなので笑ってしまう。
この歌は素朴な疑問を通した皮肉になっていて、「陣痛に耐えられるほどの頑丈な体なら小指ぶつけたくらいでこんな痛いなんておか
しくない?」という矛盾を突いているのだ。
巷でよく「陣痛に耐えうる体を持った女性は男性より痛みに強い」などという話があるが、そもそも痛みの指標ってあるのだろうか?
痛みなんてその人自身のものだし、男と女の両方になって痛さを比べた人なんていないだろう。そんなこと言われたって事実死ぬほど
痛いのだし、知らんがな!と言いたくなる。
個人的には陣痛は長く鈍い痛みだし、小指をぶつけた痛みは瞬間的な痛みなので種類が違うから比べられないと思うのだ。この歌を読
んだときは心の中で大きく頷いたのを覚えている。
幸香さんの歌を読んでいると、なぜかお腹の辺りから勇気が湧いてくる。
私が特にたくましさや勢いを感じた歌を集めてみた。歌の持つ熱量、すごいと思いませんか。
なにもかもサディスティックに感じたい君の塩おにぎりがしょっぱい
テキトーに作られていく唐揚げがいつものすぎる あぁこれが母
銃口を私に向けて構わない反抗期来い撃たれてもいい
うたの日のお題「耐」より